家から海岸に出る道の途中に牧草地があった。5月の末近くに島に来たとき、そこは小さな草が一面に生えていて、赤い地面も見えていた。毎日通るたびに目に見えて草は生長しているようだった。ひと月もすればびっしり茂って地面は見えない。二ヶ月経ったときは草は刈り取られ、地面は耕されて赤い土だけが見えていた。実はそのときは牧草の種が蒔かれていたのだろう。しばらくすると頼りなげな若草がまばらに生えているかに見えた。そしてまた2ヶ月経ったところで収穫の時を迎えた。
気温が高く、毎日のように雨が降るという草の生長にとっては理想的な状態が私の滞在中ずっと続いていたのだ。冬の間も生長が止まることはない。1月を例にとると平均最高気温が18度ぐらいで最低気温も10度を下回ることがまずない。雨も夏より多いくらいなので冬も気温・雨量ともに十分だと言える。2ヶ月は無理でも3ヶ月たらずで牧草が収穫できるはずだ。このサイクルで1年で5、6回牧草の収穫が行われるとしたら牧草地としては驚異的なことなのだろう。
10年前と比べても島全体で牧草地が増えたように思える。サトウキビ栽培に比べて牧草を使った肉牛生産が有利だと知れたのだろう。1年に5,6回収穫できるとなれば、サトウキビより効率がいいに違いない。
草の生長の勢いが旺盛なのはいいこととは限らない。ハブのいる島では草むらや石垣はよけて歩くのが癖になる。ハブの絶好の隠れ場所だからだ。幸いにして目の前でハブを見たことは一度もないが、我が家の玄関の前の植え込みにハブがいないか確認してから玄関にはいったり、夜玄関の土間に下りるときはいちいち懐中電灯で照らして安全を確かめたりしたものだ。
浅間から平土野に行く街道には立派な歩道が付いているが、困ったことにところどころ丈の高い草が茂みになっている。近くを通るときはちょっと警戒する。ただ、通りの草は8月の全島トライアスロン大会の前にきれいに刈られていた。ランやバイクのコースなので、万が一でも事故があってはいけない。問題が起きるとすれば、走っている選手ではなく沿道で応援する人たちに対してだろうと思う。
家の前庭でも小さな家1軒分ぐらいの敷地が藪のようになっていた。家から外に出るときは必ず横を通るので、怖かった。岡村先生曰く「ハブの巣はないが、隣の石垣のある家からどこかに行くときに止まり木のようにあそこに一時的に留まることはあるだろう」。
草ばかりで灌木のようなものはなかったので、何日かかければホームセンターで買った鎌で刈り取れないことはない。しかしそのためには中腰になって体を藪に近づけなければならない。怖い怖い。
どうしようかと迷って何日か経ったとき、岡村先生が前庭に突っ込んだ軽自動車から草刈り機(ビーバー)を手にして颯爽と降り立ち、「草刈りに来たよ」。
ものの30分もしないうちにきれいに刈り取ってくださった。もちろん、ハブの巣などなかった。80歳を過ぎた短軀が神々しくもウルトラマンのようなお姿に見えたものである。あのときは本当にありがたいことであった。