奄美大島と徳之島、沖縄北部の「やんばる」、西表島を世界自然遺産に登録するようイコモスが勧告したというニュースが流れてからもうひと月になる。
徳之島ファンである私は喜んでいると思われているのだろうか。実はそうでもないのだ。世界遺産になったとして、それが島にとっていいことなのかどうか判断ができないからである。
徳之島には天城町、徳之島町、伊仙町という三つの町がある。それぞれの町で世界遺産登録を活かそうという機運が少なくとも5年前は見られなかったのだ。
もちろん、世界遺産にふさわしい自然があることに異論はない。アマミノクロウサギもトクノシマトゲネズミも見たことはないが、原生林を歩いて雰囲気を満喫したこともあるし、天然記念物のアカヒゲは何度も見、その声に魅了されてもいる。人里に自然がはみだしていると感じるくらい生命が過剰な島だと思う。
でも、今の徳之島はいつ危機遺産に指定されてもおかしくないくらい自然が脅かされているし、それに対して行政が危機意識を持っているのか疑問でもある。
プチ移住をした6年前、浅間集落から東方を望むと目に飛び込んできたのは赤い土がむき出しになった崖だった。40年以上前に島を訪れたときにそんなものを見たことはない。崖は起伏のある原野をならして牧草地などにするときにできる。このあたりは軟らかい土が厚く堆積しているので、ブルドーザーで平らな土地を作るのは容易にできる。
国土地理院のサイトで過去の航空写真を見ることができるが、1977年の航空写真とグーグルマップの航空写真を見比べると、木が生えている尾根があった場所が牧草地かサトウキビ畑に変わっているのがよく分かる。
木が生えていたところを徳之島の固有種の動物がすみかにしていたかどうかは分からないが、牧草地やさとうきび畑にしてしまえばアマミノクロウサギが住むことは絶対にない。生息地がただでさえ狭められているのにこんなふうに開発が進んだら500頭ぐらいと推定されている徳之島のアマミノクロウサギは頭数を減らし絶滅に向かってしまう。
深刻だと思うのは、アマミノクロウサギの生息が確認されている天城岳と井之川岳を結ぶ回廊状の森林にまで開発の手が伸びかけていることだ。回廊がなくなると二つの集団に分断されてしまう。個体数が少ない集団は近親交配が進んで滅びの道を行くことになる。開発に歯止めをかけ、回廊を保全することを行政に期待したい。
朝日新聞に「奄美に手つかずの自然が残っているわけではない」という記事があった。原生林が切られてしまうことがあっても、放置すれば猛烈な勢いで植生が回復するので、もとからある原生林のように見えてしまうということだった。
全く同感で、自然愛好家のFさんに誘われて原生林ウォークを楽しんだときのこと、道のどん詰まりに来て一番奥に着いたと感慨にひたったのだが、在来植物の生えている10メートル奥に杉の木が何本も生えていたのにびっくりした。材木をとるために、伐採跡地に杉を植えたのだが、高温のため生長が速すぎて柔らかい材になってしまい、利用をあきらめたとのことだった。近くにゴムの木も生えていて、どうしてこんなところに植えたのかよく分からないのだが、よくよく見ると不思議な植生だった。おそらく、さらに20年もすれば、杉もゴムも在来の植物に負けて姿を消すのだろう。
幸か不幸か世界遺産を金儲けに結びつける発想は行政に見られない。金儲けをしようと思っても、失敗するだけだろう。世界遺産の効用は一つは島外の人のなかに島のサポーターを増やすことであり、もう一つは島が唯一無二の価値を持っていることを島民が誇りに思うことだと思う。
私の個人的な願いを一つだけ言わせてもらえば、鳥が集まる場所を作って欲しい。池を掘って、周囲を在来の樹木の林にすれば、絶好の鳥見スポットになるはずだ。うまくすれば、世界中から愛好家がやってくるかもしれない。池のほとりの大木の下のベンチで一日中ぼんやり鳥を見られたら最高だ。