テレビをつけるとどこかのチャンネルでかならずオリンピックの中継をやっている。今まではオリンピックが大好きだったのに、今はあまり見たいと思わない。バッハという名前も大好きだったのにこれからは愛憎相半ばしそうだ。これから4年ごとにそうなるのか。
私にとっての救いは、オリンピック期間中に藤井聡太王位棋聖の対局が4局あり、そのすべてがネット中継されることだ。藤井(以後失礼してタイトル抜きで記す)の強さが素人によく分かるのは終盤で、この段階になるとほとんど最善手しか指さない。藤井以外の棋士は終盤でもしばしば最善手を逃す。だから形勢が揺れ動く。
将棋でもチェスでも「最後に間違えた側が負ける」と言われるのだが、藤井は間違えないから藤井の相手が負けることになる。
「正解が一つしかないのだったら最善手を選ぶのは簡単ではないか」と思われるかもしれない。ところが、得てしてそういう手は奇想天外なものだったりするのだ。ネット中継で見ているとAIが最善手を表示するのだが、プロ棋士の解説者が「人間はまずこんな手は考えません」と言うことがある。ところがその手を藤井は指すのである。
終盤になると観戦している私も対局者のつもりになって読んでいるのだが、当然のことながら奇想天外な手を思いつくことはない。藤井のすごいのは何手も前にその局面を思い描き、奇想天外な手で勝利に近づくことを考えていることだ。だから藤井の終盤は本当にスリリングだ。見ていて毎回どきどきする。
ところで、藤井の研究(棋士が戦法を研究したり、想定される局面の優劣を調べたりすること)はPCを使って行っている。将棋ソフトに人間(最高の棋力の棋士)が勝てなくなって4,5年になる。あの羽生もPCを使って研究する時代である。藤井がPCを使うのは何の不思議もないが、彼はそのPCを自作するらしい。
一般人はエクセルが動けばいいぐらいの気持ちで性能的に妥協してしまうが、将棋ソフトを動かすPCは速ければ早いほどいいのだ。藤井が去年の棋聖戦で指した「神の一手」は最強のPCでもすぐには見つけることができなくて6億手読ませてやっと発見したと話題になったが、最強のPCが6億手読むのに30分かかったとしたら、私が持っている最弱の(それでも普通に使う分には全く問題がない)PCなら1昼夜かかるだろう。そういうわけで藤井は最強最速のPCを必要としているのだが、それはオーダーメイドで作ってもらうか自作するしかないのだ。そんなPCは需要が少なくて市販されていないから。
噂によれば、CPUにはAMDのThreadripperというのを使っているらしい。これは最上位機種で64コア、4.2GHz、最大消費電力は280Wという化物のようなCPUで、マザーボードも特別なものが必要になる。まともに動作するように組み立てたら、部品代だけで100万を超えるし、発熱がすごい(常時600W以上のヒーターをつけている感じ)ので、空調も必要になる。他人のPCを想像するのも変な話だが、これくらい突き抜けたPCだと考えるだけでも楽しい。
人間がPCに将棋を教わる時代になったら、将棋のプロである棋士は存在意義を失うのではないかと思っていたが、将棋のネット中継はAIをうまく使うことによって新たな楽しみ方を提案し、新たな将棋ファンを獲得している。うまい具合に藤井聡太という大天才が登場して将棋のネット中継はすばらしいエンターテインメントとなっている。