関西弁コーパスとヘン、ヒン、ヤン

9月16日の東京外国語大学主催の大西拓一郎さんの講演「ン系動詞否定辞の変化と補填成分―ヘン・ヒン・ヤン・ランなど―」(ズーム開催)は刺激的だった。近畿地方の否定表現が主題なのだが、方言形の新たな伝播がなさそうと思われているこの30年の間にヘン、ヒンのような語形が分布を広げ、「見ない」の意味でミヤンのような形が広がりつつあるというのだ。

この現象自体は岸江信介さんの発表などで知ってはいたが、例の関西弁コーパスで検証できないかと思いついたら気もそぞろになってしまった。
そこで、関西弁コーパスでヘン、ヒン、ヤンをすべて探しだし文脈情報つきで記録してみた。大西さんのおっしゃる通り、大阪神戸ではヒンは前接する動詞の最後の音節がイ段のとき、順行同化で生じたものであることがわかる。ただし、ヘン、ヒンは出現例があまりにも多いのですべてを確認することはしていない。
また、ヤンは数は少ないが確かに存在している。関西弁コーパスは非常に大きいので、用例の多い少ないを確実性を持って主張できる。ヘンもヒンも数千単位の用例数である。
実際はここからさらに分析を進めることができるはずだが、私の仕事はここまでだと割り切っている。こちらの「沼にはまったら」、私の主戦場である徳之島方言の研究がお留守になってしまう。現にこのブログを始めてから徳之島のほうがストップしていたことに気がついて慌てているところである。
関西弁コーパスを使いやすくするためにデータを加工していくつものファイルを作っている。そのファイルからさらにいろいろなデータを作るためのプログラムや今回のヘンヒンヤンの分析のためのプログラムなど数十本のプログラムをすでに作成したが、これに説明や注をつけてプログラミングの超初心者にも利用できるようにすることを考えている。プログラムは部品の組み合わせでできているので、ヘンヒンを見つけるプログラムの部品の働きが分かったら、それを別の語形を見つけるためのプログラムに流用することができる。プログラムを一から作るのは大変だが、お手本があれば楽ができる。そのためのお手本を整備しようと思っている。
コーパスと言ったら国研の一連のコーパスを連想する人は、どうしていちいちプログラミングが必要になるのかと疑問に思うかもしれない。あれはどういう目的でコーパスを使うかが大体分かっているので、それができるように利用者の都合に合わせてインターフェースを作っている。逆に言えば、インターフェースが想定していない使い方はできないのである。
関西弁コーパスでどんなことをしたいのか分からない状態でインターフェースなどできるわけがない。また、一般的に言ってインターフェースを作るのはコーパス本体を作るのと同じくらいの手間がかかるし、それは言語学者の仕事ではない。むしろ純粋なプログラマーの仕事である。

このブログの読者のなかに、関西方言のネーティブでしかも自分の研究テーマについて迷いを感じている人がひとりぐらいはいるんじゃないかと思う。関西弁コーパスに興味がもしあったら私に連絡をください。プログラミングの経験は問わない。初心者でも私のプログラムをお手本にすればなんとか動くプログラムが作れるはずだ。何人かそういう人を集めてゆるい研究チームが作れたらと夢想している。関西弁コーパスはそれだけの価値があるものだと信じているし、この研究を通じてプログラミングを習得した人は方言研究の新しい領域を開拓できるだろう。
私は助言や手助けはするけれど、自分で研究はしない。あくまでも後方支援に徹して、プログラム作りのサポートをしたい。

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