東京理科大学栄誉教授の藤嶋昭氏が中国の上海理工大学に自分の研究チームを引き連れて移籍することが新聞等で報道された。藤嶋教授は酸化チタンが触媒として働く光化学反応の発見者でノーベル賞受賞候補にも挙げられている。
酸化チタンのことは以前から知っていたので「頭脳流出か」と軽いショックを受けたのだが、詳しい情報を知るにつれ単純にそう言い切れないと思うようになった。
藤嶋教授が問題の光化学反応を発見したのは半世紀前のことで、今ではこれを研究しているのは藤嶋教授関係者だけではない。教授によれば今や世界中で研究が行われている。藤嶋教授と研究チームが中国に移ったとしても、光科学反応の研究が日本からなくなるわけではない。藤嶋教授自身も東大を退職したあとJR東海機能材料研究所(所長)や東京理科大の研究センターで研究してきた。東京理科大の研究拠点は光触媒国際研究センターからスペースシステム創造研究センターのなかの光触媒国際ユニットと名称が変わったが、まだ続いている。
藤嶋教授の弟子に中国人は多い。「教授が育てた研究チーム」は日本人だけで構成されているわけではないだろう。想像するに、東京理科大を退職した79歳の藤嶋教授を研究の現場の人として遇する余裕は日本にはなかったのではないか。そこへ上海理工大が研究所まで用意して「おいでください」とやれば、意気に感じて移籍する、そういう流れではなかったか。
詳しいことが分からないので、全くの憶測になってしまうが、これが日本にとって残念な頭脳流出なのかは判断がつきかねる。年齢のことを考えれば藤嶋教授よりも研究チームの移動のほうが問題が大きいかもしれないが。
中国には「千人計画」というものがあって、海外で研究している中国人を呼び戻したり、優秀な外国人研究者を招致したりしている。今や中国は基礎研究にも資金を惜しみなくつぎ込んでいる。日本で希望するポストにつけなかった研究者が中国でそれなりのポストと研究環境を与えられているという話はいくらでもある。私の知っている人文系の研究者にもそのような人がいる。
また、常勤ポストについた人には自由に研究テーマを選んでのびのびと研究してもらいたいが、運営費交付金が足りないために教育のために予算を使うと研究に使えるお金が無くなってしまう。額はそれほどでなくても自由に使えるお金があることが大事で、それさえあれば海のものとも山のものともつかない研究が始められる。細々と始めた研究が学会のメインストリームに化けることだってある。もちろんそうならないことのほうが多いのだが、今の日本の大学政策は独創的な研究の芽を片っ端からつぶしているようなものだ。
文科系の研究事情も似たようなもので、方言研究の世界でも若手のなかから「ぶっとんだ」研究が出にくくなっている。若手の多くは常勤ポストについていないので無理からぬところがある。どこかの偉い先生が言っていることのコピーだったり、確立されたと思われている方法論をなぞった研究ではなく、オリジナルな発想の研究をしている若手を見たいものだ。