キエフからキーウへ

 ウクライナの首都の公式名称がキエフからキーウに変更になった。そのことに関連して朝日新聞のデジタル版が「キエフからキーウへ 地名は誰のもの」と題する記事を3回にわたって掲載した。
この記事は地名に関する疑問に対しての答えになっているけれど、そこで述べられなかったことと補足したいことを書いてみようと思う。
 我々にとって意外なことにヨーロッパの地名、特にちょっと名前が知られているような町の名前は言語によって違うことが普通だ。スロバキアの首都、ブラチスラバはドイツ語ではPresburg、ハンガリー語ではPozsony(ポジョニ)と呼ばれる。ウクライナのリビウはロシア語ではリヴォフ、ドイツ語ではLemberg(レンベルク)で、私はずっとロシア語の呼び名で覚えていた。昔、ハンガリーの言語学者と英語で話していたときに、ユダヤ人の話題から出てきたのだと記憶するがLembergと言われて分からなかったことがある。
ポジョニにしてもレンベルクにしても知らなければ、それを既知であるはずの町に結びつけることはできない。しかも、固有名詞は外国語の辞書には載せないのが普通なので、ロシア語やドイツ語、あるいはハンガリー語の簡単な百科事典か地図帳を持っていないと困ることがある。
 グロータースさんのお父さんの小伝(フランス語)を訳したときにTongresという地名が出てきた。フランス語ではPetit Larousseという辞典がこういうときに便利だ。これは日本で言えば広辞苑のようなものだが、固有名詞が別立てになっていて小百科のようにして使える。これでTongresがオランダ語でTongerenと呼ばれていることがわかる。ベルギーのオランダ語地域なのでトングルよりはトンヘレンとするのが適当だと考え、そちらを使った。オランダのLeydeという地名が出てきたら同様にしてライデンのことと知ることができる。今はウィキペディアでPetit Larousseにないような小さな町のことを調べることもできるし、発音も分かるのでそちらを使っているのだが。
 というわけで、地名は言語が違えば同じではないことが普通であり、キエフと言えばロシア語、キーウと言えばウクライナ語になる。ソ連の一部であった時代はともかく独立国家ウクライナとしてはいつまでもロシア語の地名で首都を呼ばれるのはかなわないということなのだろう。
 もう一つ言いたいのは外国語をカナで書き表したときに「正しい」とか「正しくない」はないということだ。母音も子音も違うし、音節構造も違うのだからカナ表記がもとのことばと同じ発音になるわけはない。もとの発音により近いかそうでないかの違いしかない。もし同じ発音になっていたらそれは日本語ではない。
 朝日の記事でもウクライナ語の専門家がいろいろな表記を試みたうえで一番近いと思われるものを提案したと述べていた。ウクライナ語のКиїв(ウィキペディアの音声ファイルで聞くことができる)がキーウに聞こえるかと言われたらちょっと違うような気がするのだが、まるっきり違うわけでもない。日本語としてこれで行くことに決まったらこのままこれでまとまるしかない。原音に100パーセント忠実な日本語読みなどないのだから。

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カテゴリー: 雑文

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