次の二つの文章を読んでいただきたい。
「大きな才能と強い性格とを持つ人間は多かれ少なかれ一定の割合で生まれてくるものではあるが、しかしそれらの人間の選択は一様ではない。科学の一定の分野にすぐれた研究家が大勢いるかあるいは不足しているかということは科学のその分野が将来性をもっているかどうかによって説明されるに違いない」(飯田規和訳)
「偉大な才能と大いなる性格の力を備えた人が生まれる頻度は、おおよそのところ、一定ではないだろうか。ただし、彼らの選択が一定ではないのだ。ある特定の研究分野にそういう偉大な才能の持ち主がいるかいないかを説明できるのは、おそらく、その分野が開いて見せてくれる未来の展望だろう。」(沼野充義訳)
ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの”Solaris”(どちらも早川書店から発行されたが、前者の書名は『ソラリスの陽のもとに』後者は『ソラリス』)の翻訳の一部である。
飯田訳を読んだのが私が大学生のときで、そのあとでときどきこの部分が胸に去来したものだ。特にこの20年ぐらいは「若い人が方言研究の世界に参入しにくくなっているのは方言研究の未来に明るいものを見ないからだろうか」とレムを思い出すことが多くなった。
今回、沼野訳を見ると飯田訳とはちょっとニュアンスが違う。レムが言いたかったことに近いのは沼野訳の方だろう。沼野訳のほうが日本語として分かりやすい。天才的な人はある学問分野の可能性が乏しいと判断したらそこには行かないということを言っている。沼野訳を読んだのは最近のことなので、レムの意図からずれた理解をして、それをずっとひきずっていたことになる。
実は飯田訳はロシア語訳から日本語に訳したもので、沼野訳はポーランド語から直接訳したものだ。飯田訳のようにオリジナルとは別の言語から訳したものを重訳という。最近は重訳はあまり見ないが昔はかなりありふれていた。英語や独仏語以外の言語の作品は英語などに訳したものから翻訳するのが当たり前だった。
岩波少年文庫に入っているチャペックの『長い長いお医者さんの話』は中野好夫さんの訳だったが、中野さんがチェコ語をよくしたということは聞かないので英語から訳したものだろう。『アンネの日記』もベストセラーになったのはオランダ語からの訳ではなく、英語からの重訳だった。レムはSFの世界では有名な人だが、今から50年前はポーランド語の専門家が少なかったのでロシア語からの重訳が当たり前だったと思われる。中学生のときにレムの『金星SOS』を読んだ記憶があるが、それも重訳だっただろう。何しろ60年前のことだ。
今はチベット語の現代文学も翻訳者がいる(『その他の「外国文学」の翻訳者』に詳しい)時代で、かなり珍しい言語の作品でもオリジナルから翻訳するのが普通である。重訳に頼らないで世界中の作品を読める日本というのはかなり特殊な国だと思う。
戦前から世界中の文学が日本語で読めたのだが、それは重訳の力が大きい。ややもするとロシア文学も英語からの重訳が出回っていたらしい。もちろん、あの時代もロシア語の専門家はいたが、いかんせん数がすくなかった。
ウクライナでは本屋からロシア語の本を追放する動きがあるとちょっと前のニュースで言っていた。現代版焚書坑儒としか思えない。ロシア語を見たくない気持ちは分かるが、ロシア語は知識を運ぶ船だったのでそれを廃止するというのは視野を自ら選んで狭くしているようなものだと思う。
ロシアオリジナルでなくても英語なりドイツ語なりからのロシア語への翻訳はきっと沢山あるだろう。英語などの原書が棚になくてロシア語に翻訳した本だけが書店にあった場合、ロシア語版を撤去すると原書にあった知識は失われてしまう。ロシア語が本屋から消えるのは大きな文化的喪失なのだが、それにウクライナの人が気づくのはいつだろうか。