リュウキュウアユ幻想

 リュウキュウアユのことは夢枕獏さんのエッセイで知っていた。今や希少な存在になっていること、琉球列島のみに生息していることなど。アユとは別種でさらにずっと体が小さい。
 2015年のプチ移住の直前にNHKの番組で取り上げていたのでそれを視聴するともっと大変なことが分かった。リュウキュウアユは奄美大島の四つの川にしか生息していない。もう何千個体と千の単位で数えられる程度まで数が減っている。絶滅寸前と言っていい状態だ。
 ほかに分かったのは、リュウキュウアユの生態で、卵から孵化すると河口につながっている礁湖で何ヶ月か過ごし、ある程度大きくなったところで川に戻り、成長する過程で上流を目指す。上流へ突き進んでいくきっかけは水温だと言う。春から夏に向かうときに川の水温は高くなっていくが、アユにとって快適な温度を求めてより冷涼な高地を目指していく。最後に源流近くまでたどり着いたときは秋になっている。
 アユが暮らす川の源流は最低で400メートルくらいの高さがなければならないだろう。それだけの高度であれば、海岸近くに比べて3度近く気温が低く、低温を好むアユは真夏でも生きていける。そうだとすれば川の長さもそれに応じたものになる。そして、もう一つ必要なのはアユの稚魚が成長できるような礁湖を河口近くに持つことだ。
 この条件を満たす川は琉球列島でそんなに多くはない。もともとは奄美大島以外にもいたのだが、それは河川工事などの結果絶滅したらしい。

 このアユのことは前から気になっていたのだが、この番組を見てさらに関心が深まった。本当に徳之島にはもういないのか。いたとしたらどの川だったのか。絶滅を逃れるためには一度はアユが絶滅した川に放流して生息地を増やす以外にない。
 移住してすぐの頃は自転車で近くを走り回り、アユが住めそうな川を探した。ちょっと狂おしいような気持ちになっていた。しかし、実際に見るまでもなく、地図からもそのような川がほとんどないことが分かる。まず、一本の川を除いて長さが足りない。奄美大島の川は琉球列島の中では最高峰クラス(それでも700メートル弱の高度)の山の奥に源流を発し、蛇行しながら海に流れていく。一方、徳之島の川は山こそそんなに低くなくても、ただ一つの例外を除いてほとんど蛇行せずに海に流れてしまう。また、かつては大きな川だったはずなのに川の途中にダムが造られてアユの遡上が妨げられているということもある。アユの生育に適した水量の多い大きな川ほどダムが作られやすいという皮肉だ。
 また、地形的にも海岸線の出入りが乏しく、礁湖が発達しにくいのもアユにとって都合が悪い。大きな入り江に大規模に発達した礁湖であれば、台風などで海が荒れたときに中の魚が逃げ出してしまう心配が少ない。ところが、徳之島にはそのような大きな入り江はない。
 徳之島に一本だけアユの生息に適した川がある。それが秋利神川(あきりがみがわ)で、高度300メートルほどのところに源流を発し,深く谷を刻んで蛇行しながら流れているスケールの大きな川だ。河口は残念なことに外洋にむきだしになっているが、小規模な礁湖がある。
 土地の人に聞くと、秋利神川の上流の集落では昔アユがとれたらしい。しかし、その集落で肉牛の飼育が始まるとおそらくは水の汚染のため姿を消したという。最近になって、この川の中流に徳之島最大のダムができた。もし、かろうじて生き残った個体がいたとしてもこのダムが止めとなったことだろう。
 このように条件は厳しいのだが、それでもどこかにアユの適地があって、そこでアユが繁殖できれば自然豊かな徳之島のアピールになるのではないか。しかし、我が家の近くの何本かの川を実地に見たかぎりでは、どの川も放流したアユが生き延びることは難しい。
 河口は堂々たるものである。川幅は10メートル以上ある。ところが1キロも上流に行かないうちに川幅はどんどん細くなり、やがてコンクリートで固めた直線状の水路になり、最後はどこかに消えてしまう。こんなスケールの小ささではアユの生きる場所はない。
 徳之島は奄美大島と違って山の傾斜が緩やかなので原生林を伐って耕地が広げられた。水源地の森が消えれば川の水量も減る。畑に水をまくために取水もする。おそらくは戦後になって水田耕作をやめ、サトウキビ畑ばかりになったのが止めになったかもしれない。水田という貯水池をなくしてしまい、結果として寂しい川ばかりになったのだ。
 リュウキュウアユは100万年ぐらい前に本土のアユと分かれたという。あまり知られていないが、あの有名なイリオモテヤマネコより実はずっと古い動物だ。徳之島でも生息できる環境をなんとか取り戻し、絶滅から救いたいと思う。

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