『沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる』という長すぎる題のマンガがある。私が見つけたのではなく、もと同僚のK先生のお導きによる。持つべきものは友である。
沖縄の高校に転校した中村君が一目惚れした喜屋武(きゃん)さんの言葉が分からなくて四苦八苦するという喜劇調のお話だが、それだけだったらつまらない。そこで、方言を通訳する役に比嘉さんというもう一人の同級生を配し、実はその女子高校生も中村君に恋情を抱いていて報われない気持ちに悩んでいるというありがちな設定をすることでマンガとして成立させている。比嘉さんによる通訳という形で言葉の解説をしているのだ。
方言だけでなく、文化や習慣、食べ物も話題として出てくるが、主なテーマは方言である。沖縄と言っても那覇を中心とした本島南部の方言だが、あのあたりの高校生の言語生活はどうなっているのだろうか。那覇には10年以上前に行ったきりで、しかも本島(宮古の人にこの言葉を言っていやがられたことがある。地理学的には沖縄島というのが正しい)で方言調査をしたことがないので、全く感じがつかめない。
那覇周辺の高校生はどんな言葉を使ってしゃべっているのだろうか。マンガのなかで高校生達の方言レベルを5段階で評価している。
5が喜屋武さんで「方言すぎてなにを言っているかわからない。70代のうちなーぐち相当」とある。現実にこんな高校生がいるとは思えない。方言しか使えない高校生というのはあくまでもフィクションです。
4.5は比嘉さん「幼馴染みの喜屋武さんやおじいおばあと交流があるので大体わかる」。こういう高校生だったらいるかもしれない。
3は「商店のおばあ達と交流があるので少しわかる。聞き取れるけど話せない」。2は「若者方言を使う一般的な高校生」。
高校生や大学生がふだん使っていることばはどんなものなのか知りたい。ウチナーヤマトグチの単語は報告されているのを見ることはあるけれど、談話のテキストである程度の分量のものはあるのだろうか。去年(2022年)に放送されていた朝ドラの「ちむどんどん」のせりふのようなものだろうとは思うのだが、どんなものなのだろうか。ものすごい勢いで変化する過程にあるのではないだろうか。だとしたら、現在の状況を記録する必要がある。
私にはできないが、誰か沖縄の若者の会話をテキスト化してついでにコーパスにしてくれないだろうか。それにどんな意味があるかというと、たとえば「ちむどんどん」のせりふで「イチュンドー」というのが字幕なしで出てきたと記憶する。「行くぞ」という意味だが、同じ動詞の活用形で「書く」だったらカチュンとなる。コーパスになっていれば、イチュンは使われるけれどカチュンは出てこないということが分かるかもしれない。共通語化は語彙面や音韻面で語られることが多いが、文法ではどうなのかがコーパスで分かる。コーパスで分かることのほんの1例である。
50年近く前、沖縄に向かう船で首里高校(当時はエリート校のプライドが高かった)出身者の集団と酒を飲んだことがある。彼らが仲間同士方言で話すのを聞いていて、『沖縄語辞典』の言葉と同じ(語彙も文法も)と思いつつ一生懸命ヒアリングしていたら頭が痛くなったことを思い出す。
あれから、若者の言葉は急速に変わったと思われる。それは10年ぐらい前に卒業した私の教え子(うるま市出身)やその先輩の那覇市出身者の話を聞いても想像できる。ついには高校生同士のコミュニケーションギャップがマンガのテーマになるまでになった。
本当に誰かやってくれないだろうか。