ninjalフォーラムの大西拓一郎さんの講演のテーマは「狭域言語地図の詳細分布データを探索する」だった。LAJやGAJのような全国を対象にした大域言語地図とどこかの県の一部を対象にした狭域言語地図では見えてくるものが違うという主張だった。
大西さんの言っていることはその通りなのだが、私が喜んだのは今まで何度か論文で扱った「言語地図の孤例」を立論の材料にしてくれたことだった。「孤例」は私の発明ではなく、徳川宗賢さんが言い出したことなのだが、そのあとで私が取り上げていくつか論文を書いた。さらにそのあとでは私の知っている限り誰も議論の対象にしていない。
私の不徳の致すところと言いたいところだが、こうなったのはいろいろな事情が重なっている。LAJのデータが誰でも使えるような状態になっていないこと、気軽にプログラミングする人が方言研究の世界では少ないことなどである。
結果として孤例を取り上げるのが私一人になってしまうとどうしても議論が進まなくなる。しかし、今回大西さんが孤例に言及してくれたことであらたな展開の糸口が見えてきたように思う。
私がずっと考えてきたのは「孤例とは何か、孤例はどうして生まれるのか」だった。孤例をn例の延長線にあるものとしてとらえた(本ブログ「私のコンピューター史2」参照)ことで一つの回答を与えたと思うのだが、これを補強する証拠を集めることが次の課題だと思う。そのためにどうすればいいか、それは見えているつもりだ。孤例は語形が伝播していく過程で必然的に生じるものだろう。
前に進む勇気を与えてくれた大西さんに感謝したい。