シン東京語アクセント資料 1

阪神がリーグ優勝した。私の印象に残っている阪神の優勝は1985年のものだ。私にとっての大事件が三つも起きた忘れられない年だった。阪神の優勝と日航ジャンボ機事故、そして『東京語アクセント資料』の完成だ。
『東京語アクセント資料』(以下『東京語』と略)は東京生まれの19人の12803語のアクセントを記録したものだ。調査結果をデジタルデータ化してコンピューターで印字したが、印刷も含めてコンピューター処理は私が担当した。実際はこれが難航してauthorとして名前が出ている馬瀬良雄、佐藤亮一の両氏、研究費の出所である「日本語の標準化」プロジェクトの総元締めの柴田武先生など多くの方にご心配とご迷惑をかけることになってしまった。スケジュール通りにできなかった点は大失敗だった。この失敗をきっかけにコンピューターを使った研究を円滑に進めるためにどうしたらいいかを切実に考えることになったのだった。
『東京語』は資料として世には出たが、研究材料として十二分に活用されたとは言いがたい。相澤正夫さんが国語研究所の論集を舞台に詳細な研究を発表したが、13000語弱の巨大なデータをその大きさのままに料理したものはないし、それをすべきだと思っていた。2017年に立川市の国語研究所で開催された国際会議Methodsで三井はるみさん、鑓水兼貴さんと一緒に発表を行ったが、自分が持っているイメージの一部分しかできなかった。
『東京語』は38年前の東京の語アクセントを知るうえで唯一無二の資料である。繰り返すが、19人の話者の13000語弱というのは圧倒的な量であり、これに比肩するものは38年間全く出ていない。NHKが出している『日本語発音アクセント辞典』はこの間に2回改訂されたが、東京生まれの話者の調査に基づいたものではない。
ところがこの38年のあいだに東京の語アクセントは大きく変容したらしい。私自身東京を離れて久しく、東京生まれ東京在住の人と話す機会がほとんどないので「らしい」という表現を許してほしい。実はテレビから聞こえてくるものから判断しているので怪しげではあるが、以下のようなことがある。

1.形容詞が一型化する。私の言葉では形容詞には無核と有核の二種類があるが、若い人は有核のみになる。これは『東京語』でも一部の話者に見られた現象である。
2.有核の形容詞の終止形以外の活用形の核の位置が終止形の核の位置の一つ前になるのが古い東京語だが、新しい方では終止形とおなじ位置に核が来る(古い方言と自認していた私だが、実は5拍以上の形容詞だと怪しいということが最近分かった)。
3.動詞の否定形のアクセントも年代差がある。これは御園生保子さんの研究がある。

1.2.は同業の東京出身者に聞いて確かめていることでもあるが、やはり実際に調査をしてそうなっているかどうか知りたい。ほかにも私の世代で規則的に起きている現象が若い世代では崩れていることがあるようだ。
40年も経てば言葉は変化する。今新たに『東京語』と同規模の調査をすれば、上に挙げたような規則的な現象だけでなくもっと気づきにくいような部分で変化が起きていることがわかるかもしれない。それだけでなく「東京語の現在」を記録することの意義ははかりしれない。「東京語の現在」の資料は辞書におけるアクセントの記述に資するはずなのだ。
そこで、新たな『東京語アクセント資料』(これを『シン東京語アクセント資料』と仮に呼ぶ)のための調査をし、それをもとに『シン東京語アクセント資料』を作ることを提案したい。(「2」に続く)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です