日本語の原郷は遼河付近? 1

ドイツのマックスプランク研究所も加わった国際研究チームが日本語の原郷は9000年前の中国東北部遼河付近の農耕民にあり、3000年前に日本(北九州)に渡って日本語となったとの説をNatureに発表したという報道(11月14日毎日新聞)があった。
Natureの論文を見ないことには確かなことは言えないのだが、いろいろ突っ込みどころの多い説だと思う。

細かな話をするときりがないので、日本語の起源についての議論を見たときにいつも思うことを書き連ねてみる。
ある地域で使われる言語が切り替わるのはどんなときだろう。文字資料が教える歴史ではローマ帝国の支配によってケルト系言語からラテン語に切り替わったガリア(今のフランス)、アングロサクソン族の侵入によってケルト系言語からゲルマン系の言語に切り替わったブリテン島などを思いつく。
ガリアの場合は政治権力によるところが大きかったし、ブリテン島の場合はアングロサクソン族は一時に大量に流入したものと思われる。

縄文時代の人は狩猟採集生活をしていたらしい。一般にそのような生活をしている民族はまばらに住んでいて、言語の地域差が非常に大きいと言われている。日本全体で10万人もいなかったようである。

日本語の本土方言と琉球方言の音韻対応を考えるときに暗黙に前提とされているのは両方言が分裂したときに本土方言も琉球方言もそれぞれ地域的に均一だったこと、分裂はきれいな分裂、すなわち分裂後に両方言間の交流がなかったことである。この前提がないと音韻対応が規則的に存在していることの説明がつかない。
しかし、分裂がいつ起きたかは別にして地域的に均一な本土方言などどの時代にも存在していないことは明白である。縄文時代に地域差があったとしたら弥生時代にもそれはそのまま引き継がれたろうし、古墳時代にも地域差をならすような中央集権的な政治権力は存在しなかった。奈良朝時代は東歌に見られるような方言が文献からも確認できる。

毎日新聞の引用記事に対してあれこれ言っても仕方がないので、Natureに載ったもとの論文を確認してきちんと読んだうえでもう一度感想を書くことにする。

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カテゴリー: 雑文

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