プーチンはウクライナとの停戦の条件の一つとして「ロシア語を国語にする」という項目を入れているらしい。
軍事ではなくて言葉の問題だったら当ブログの守備範囲だ。非道にして不条理なロシアの侵攻にさらされているウクライナへの支援として一言述べたい。
まず、プーチンは「ウクライナ語を話すウクライナ人とロシア語を話すロシア人がウクライナにいてロシア人はウクライナから迫害を受けている」と国民に説明しているらしい。もちろん、迫害うんぬんは真っ赤な偽りで、使用言語でウクライナ人を規定するのもおかしな話だ。ロシア語しか話さないウクライナ人はいくらでもいるらしいし、第一ゼレンスキー大統領その人がロシア語地域の出身でしかもユダヤ人だという。
一方で、「ロシア語を国語に」という要求はウクライナにとっては国としてのアイデンティティをなくせというのと同じでとても呑める話ではない。
今のウクライナの人たちはロシアのような西洋的自由と人権を認めない体制はまっぴらだと思っているに違いない。せっかく汚職がなく、政治的自由があって人権も認められている体制ができつつあって経済的にもロシアより発展しそうになっているのに旧ソ連のような社会に戻りたくないと思っているはずだ。だから彼らはロシアに降伏するくらいだったら死んだ方がましだと信じている。それはウクライナ語話者であるかロシア語話者であるかに関係がない。
プーチンが勝手に戦争を始めたためにウクライナ人の間の一体感が強烈に強くなったように見受けられる。プーチンの意図と全く逆の結果が生じている。
ところで現在の(2月24日以前の)ウクライナの領域はウクライナ人の居住地域によって決められたものではない。第二次世界大戦直前のウクライナ(ソ連内のウクライナ人民共和国)は今よりずっと小さかった。リビウ(ドイツ語名レンベルク)はポーランド領内の町だった。第一次大戦の前まではリビウはハプスブルク帝国に属していた。地理的にはウクライナの中心ではないのだが、リビウの町はウクライナ語文化運動の中心だったとされる。
ウクライナ人居住地域がそのまま国の領土になったわけではないことが分かる。ウクライナは大国の都合で国境が移動することの連続だった。ヨーロッパは地続きで、大陸にある国は国境線がしばしば変わる。ウクライナはそれが極端なようだ。
ウクライナ人によくある名前で~エンコというのがある。シェフチェンコ、ティモシェンコ、ルイセンコ、マカレンコなどみんなウクライナ人だ。そこで誰でも思い出す名前がスケートのプルシェンコだが、彼の父はウクライナのドネツク州の出身らしい。ところが、彼はSNSでロシアの侵攻を正当化して世界中から非難されている。本人は「ハバロフスクで生まれてロシア人なのだ」と主張している。ロシア人なら彼の名前から「ウクライナ人じゃないか」と思うだろうが、それだけにむきになって否定するのだろう。
プルシェンコのことから分かるのは、ウクライナに親族がいるロシア人も、ロシアに親族がいるウクライナ人も普通にいるだろうということだ。ロシアに住んでいるロシア人でウクライナ人の友人を持っているのはもっと普通だろう。それでもプーチンに洗脳されてウクライナ侵攻を支持するのだろうか。プーチンの支持率は80パーセントもあるという。そのことのほうが信じられない。
ウクライナ語についてロシア語ととても似ているという内容をここに書いていたかもしれないが、訂正する。かなり似ていることは確かだが、関西弁と東京弁よりは距離があるかもしれない。YouTubeでキリル文字の字幕付きウクライナ国歌を聞いてみるとロシア語とそっくり同じ単語はあまりない。あわてて付け加えると、私が知っているロシア語の単語はせいぜい500語ぐらい。それだけ覚えてロシア語学習に挫折した。だから、ウクライナ国歌に対する私の感想はその程度の信頼性だと思ってください。
もう一つ付け加えると、リビウの避難民の動画に出てきた女性でハンガリー語を話していた人がいるような気がする。ウクライナはハンガリーとも国境を接しているのでハンガリー語を母語とする人がいてもおかしくない。一言でウクライナ人と言ってもロシア語をふくめていろいろな言語的背景の人がいる。プーチンのようにウクライナ語とウクライナ人をオーバーラップさせるのは乱暴な話だ。プーチンは分かっていてそうしているのだが。
(付記)動画はリビウではなくて、ウクライナとハンガリーの国境で撮られたものだった。冒頭に出てきたキャプションをちゃんと見ていなかったための勘違いだった。ウクライナが多民族国家であることを再確認させられる。