大学発のベンチャー

私が理事(もちろん無給)を務めているNPO、SCOPが設立20年目に突入していた。信州大学発のベンチャービジネスは今ではいくつかできているが、このSCOPはそのなかではしりと言える存在だ。
SCOPの業務内容は一口で言えば「地方を元気にする活動」ということになる。エリアとしては長野県を中心とした市町村から将来計画にまつわる調査を請け負ったりしている。
SCOPは瓢箪から駒のような形で生まれた。発端は松本市の隣町の山形村から信大の中島聞多教授(当時)が将来計画策定の仕事を受けたことだった。ちょうどその頃は平成の大合併のさなかで山形村は松本市と合併するか自立を続けるかの決断を迫られていた。どうしても合併しなければ生き残れないことが分かっていれば簡単だが、山形村は人口が増加傾向にあったし基幹産業である農業をはじめとして経済も順調だった。しかし、自立を選ぶとしたら人口が少ない。合併か自立かどちらを選ぶにしてもしっかりした根拠がほしかったのだろう。
しかし小なりといえども一つの村(総人口約8000人前後)の将来計画は中島教授一人で作ることはできない。そこで中島ゼミが総力を挙げて取りかかることになった。村の成人全員からアンケートを取り、自由記述で村のありかたについて回答してもらい、少数意見も切り捨てることなくまとめるのである。どういう結論になるにせよ、回答者全員が自分の意見が取り入れられたと納得し、そのうえで最終的な結論に不満を持たないことが大事である。こんな形で将来計画を作るのはあまり聞いたことがない。
すべての意見を活かすのは大変な作業になると想像できるのだが、学生達は大学の教室を何日も不夜城のようにして作業を行い、年末年始の大学が閉鎖される期間は村の温泉施設を提供していただいて昼夜兼行で作業を続けた。結論は自立で、20年後の今も村は松本市とは合併はしていない。村がさびれたということはないので正しい結論だったと私は思っている。
最終的に報告書を作り、報告会も行って委託された業務は完遂できた。めでたしめでたしと行きたいところだが、今の大学は管理が厳しい。防犯上夜の10時にはロックアウトして、あとはガードマンが巡回する仕組みになっている。不夜城などとんでもないことで、学部の中で問題視する向きもあった。
自治体からの政策策定やそのための調査などの需要があることはわかった。でも、ゼミがその仕事を請け負うのはマンパワーの点でも活動拠点の点でも無理があることも確かである。そこで、中島ゼミで活躍した学生を中心にNPOを作ることになった。私はそのときから理事として参加している。中島ゼミは人文学部文化情報論講座の一部であり、私もこの講座の一員なのである。理事としては大したことはしていなくて毎年の総会に出席して意見を言うぐらいである。
前述のようにSCOPは設立20年目に突入した。これは大変なことである。松本の中心地に事務所を構え、毎年一定の仕事を受注し収益を上げ、職員10数名に欠かさず給料を払っている。しかも、赤字の年は私の記憶では一度もない。最も成功した信大発のベンチャーと言われるくらいである。
業務内容は20年の間に少しずつ変わった。つまりある種類の業務が途中からなくなったり、新しいものが付け加わったりしたが、「地域を元気にするための活動」ということではずっと一貫している。志は続いているのである。自治体間のクチコミの効果か、長野県内だけでなく、近隣の県や東北からも受注がある。「松本のシンクタンク」として大事に思ってくれる経済界の方もいらっしゃる。
SCOPとの関わりを続けるなかでいろいろな自治体を見ていると気がつくことがある。過疎の町村で一番足りないのはお金ではなく、アイディアだと思う。よく「中央からお金をとってくる」という言い方を聞くが、多くの場合お金そのものが使い道よりも優先されるように見受けられる。それでは若い人が希望を持てるような町や村は作れない。

データに基づいた政策が求められるのは国政でも地方の政治でも同じだが、基礎になるデータを作ったり、それに基づいて提言するのはSCOPの領分である。SCOPの活動がもっと広がってほしいし、私がお世話になっている徳之島にもSCOPのことを知ってほしいと思うのである。

投稿日:
カテゴリー: 雑文

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です