録画しておいた「魔改造の夜」を一週間ほど時間を置いて見た。
まさかこの番組に技術史を思い起こさせることが出てくるとは思っていなかったのでちょっと感動した。
「魔改造の夜」というのはNHKBSの番組で、おもちゃや家電製品を徹底的に改造して本来の用途とは全く違うことで競技を行う。今回の競技は電気ケトルの蒸気の力だけで綱引きをするというもので、参加チームは東京RアンドD、IHI、ソニーだった。
東京RアンドDは自動車メーカーを顧客として自動車の斬新な設計や提案を行う会社らしい。この会社とIHIが最初に思いついたのは蒸気で動くエンジンを使うことだった。
これはとてもよく分かる。自動車はエンジンを使うし、IHIも船舶用のディーゼルエンジンを作っている会社だ。特にIHIは会社の名誉にかけても最高に効率化を図ったエンジンで競技に臨もうとするだろう。
これに対して、ソニーはエンジンを使ったのでは勝ち目がないと判断した。彼らは電子技術は得意だが、動力技術は全くの素人だ。そこで考えたのはシリンダー内のピストンの一方向の動きだけで綱を引くことだった。確かに、これだとエネルギーの損失を抑えて水蒸気の力を綱を引くことに集中させることができる。
ソニーは最初はシリンダー内に水蒸気を満たすときの力で綱を引くことを考えたが、それではゆっくりと綱を引くことになる。短い時間にエネルギーを集中させるためには水蒸気を急激に冷やしてピストンを高速で動かすほうがよく、綱引きにはそれが有利だと考えた。
蒸気機関の歴史を知っているとこれはとても納得のいくアイディアだ。我々は蒸気機関を発明したのはイギリスのジェームス・ワットだと教わっている。だから、ワット以前には蒸気の力で仕事をする機械は存在しなかったと思いがちだ。でもそれは間違いだ。ワットが発明したのはピストンの直線運動を安定した回転運動に変える仕組みで、水蒸気の力を利用することはその前から行われていた。
実は私も同じ思い違いをしていたのだが、それに気がついたのは9年前にロンドンに行ったときだった。海外研修中のK先生を頼って博物館巡りをしたのだが、さすがに大英帝国の富の蓄積は偉大なものだと感じ入った。科学博物館は想定外だったが、K先生のお薦めで入ってみたら驚きの連続だった。
上野の科学博物館とは違って、ロンドンのそれは自然史関係を除いた科学技術関係だけなのだが、質量ともに圧倒された。蒸気機関関係の展示は1階だったが、そこに巨大な円筒が展示されていた。これは水蒸気が凝結して水に変わるときの力を利用して鉱山の水を排出するためのもので、発明されたのは17世紀末(ワットの発明は1769年)のイギリスだった。今から300年以上前のことになる。
ソニーチームの技術者は蒸気機関の原型のことはご存じなかったようだが、ピストンの直線運動をそのまま活かすという点で同じ発想にたどりついた。
「魔改造」に話を戻すと、競技の結果は私の予想通りソニーの圧勝だった。先入観を持たない全くの素人が飛び抜けた発想をして成功してみせる一例と言える。