L.グロータースを偲んで

これはOrbis 6-2(1957)に掲載された文章を沢木が翻訳したものである。「L.グロータースの肖像」とあわせて読むとL.グロータースの偉大さと人となりがよりよく理解されることと思う。

グロータース神父は決して自分の父のことを自慢しなかった。そのために、L.グロータースがこれほどの人であったことは日本ではあまり知られていなかったように思う。神父がいかに自分の父を尊敬していたかは次のエピソードからも察しられる。

グロータース神父が60になったとき、周囲の人間は日本の慣習にしたがって還暦の祝いをしようとしたが、神父は「ベルギーでは65のときにお祝いをする」と言って固辞した。1976年に静岡大学で学会があったときに学会関係者が65のお祝いをした。実はベルギーでも60のお祝いの習慣があったことは本文の記事からも知ることができる。神父は自分の父がしなかった60のお祝いを受けることはできないと思ったのではないだろうか。



Ludvic Grootaers(1885年8月9日ー1956年10月12日)

 畏怖すべき我が師であるとともに同僚のグロータース教授のポートレートをこの雑誌に寄せたまさに1年後に死が我らの師を奪い去った。
 グロータースはロマンス語とゲルマン語の境界線のすぐ近く、オランダのマーストリヒトに近接し、ドイツ語地域からも遠くないトンヘレンで生をうけた。このことは彼の活動や言語学的関心の国際的な性質を少し説明するかもしれない。彼はフラマン語とフランス語を同様の容易さでいささかの訛りもなく話し、両言語のすべてのニュアンス、語彙と文法の奥義を熟知した完全なバイリンガルだった。13版が出版予定の仏蘭・蘭仏の大辞典はそのことをすべてのページで証明している。

機会を見つけては言語境界線の向こう側のthiois領域で始めた調査を行った。ベルギーの両地方で何を共通に持っているか、一方がもう一方から借用を行ったかを調べることに喜びを感じていた。付け加えれば、12年以上にわたりフランス語話者の生徒にオランダ語を教えていた。

グロータースは南方におとらず北方にも眼差しを向けていた。20世紀の初め、フラマン語の特異性はまだ完全には死に絶えていなかった。グロータースはオランダ王国の一般的な言語であるオランダ語がベルギーの文化言語でもあることを公言することを一瞬たりともためらわなかった。彼は例を挙げ、フラマン語の特有の語法やくせを追放して単一オランダ語を布教した。長い間ルーヴァンの王立高校で教えていた英語と20年大学で教えていたドイツ語は同じように正確に苦労なく話した。
グロータースの国際的な指向は「ルーヴェン紀要」でも同様に発揮された。ここで彼は35年編集長をしたのだ。多くの国の多数の学者が自分の研究をこの紀要で出版することを請い願い、この雑誌はひとたびならず興味深い言語学上の発見の初出の栄誉を担った。編集長は名声の確立した学者だけを呼んだのではなく、若い研究者に声をかけて、言語学に関するすべてに対して開かれ、文学も排除していない彼の雑誌に最上の作物を載せるようにもした。

望んだわけではないがグロータースは言語学者・方言学者として国際的な評判を獲得した。晩年まで彼は学問上の仕事の周辺で無用な雑音を起こさないよう目立たない場所で働き続けた。その慎みそして遠慮深さは伝説的だった。60歳になったとき、彼の友人や弟子は彼の栄誉を祝うために大がかりな行事を準備しようとしたが、きっぱりと辞退した。友人たちは5年経ってやっと、あの手この手でなだめすかしてにぎにぎしくお祝いをすることに成功した。彼に対する好意の表明は、それに対して彼はしぶしぶ同意したのだが、大成功だった。しかし、私はこのお祝いの主人公より幹事達のほうが満足したことを確信している。
ここまで述べたことからグロータースをよく知らない人は、彼のことを孤独を好み付き合いの悪い人だと思うかもしれない。しかし、それは間違いである。反対にかれは親密な集まりや慰み、宗教的なあるいはユーモアのある会話を好んだ。だが、大げさな騒ぎやこけおどし、芝居がかったすべてのことを嫌悪した。彼には長のつくものの椅子は座り心地の悪いものだった。長には滅多にならなかったし、なればなったで口実をつけてさっさと辞めた。彼は人の頼りにすがるのをよしとしなかったし、むしろ他人に奉仕することに喜びを感じた。彼は決して命令しなかった。自分の過重な課題を一人で助けを借りないで成し遂げた。そしてそれをこの世で最も単純で自然なやり方で行った。

この偉大な学者の活動的で実り豊かな人生が我ら彼を敬愛する弟子達にとって末永くお手本となるように!

J. L. Pauwels

1件のコメント

  1. おすすめの通り「L.グロータースの肖像」と併せて拝読しました。
    L.グロータース教授の偉大さと高潔な人格に感銘を受けました。
    どうもありがとうございました!

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